No.5 ようこそ実力主義の教室へ 3rd season 11話

今期2024年春アニメとして放送中の「ようこそ実力主義の教室」よりです。

シーン説明

背景ストーリー

この社会は平等であるか否か。真の『実力』とは何か——。

東京都高度育成高等学校。それは徹底した実力至上主義を掲げ、進学率・就職率100%を誇る進学校である。そこに入学して1年Dクラスに配属された綾小路清隆だったが、学校は実力至上主義の看板とは裏腹に、生徒に現金と同価値のポイントを月10万円分も与え、授業や生活態度についても放任主義を貫く。夢のような高校生活の中で、散財を続け自堕落な日々を送るクラスメイトたち。しかし、間もなく彼らは学校のシステムの真実を知り、絶望の淵に叩き落とされるのだった……!

落ちこぼれが集められたDクラスから少年少女たちが見出すものは、世界の矛盾か、それとも正当なる実力社会か。

引用先: 公式サイトあらすじより
3rd season 11話 あらすじ

クラス対抗となる1年度最終特別試験。それはお互いが候補に挙げた種目からランダムに選ばれた競技5つで勝敗を決めるものだった。お互い2勝2敗の中、選ばれた最後の種目はチェス。

両クラスが挙げた種目候補(ようこそ実力主義の教室 3rd season 11話より)

この種目ではお互いのクラスから代表者1名ずつが選手として出場して対局する。ただ、お互いのクラスの司令塔役は指し手の指示を出せる。つまり事実上の司令塔役同士の対決である。

対局する堀北(左)と橋本
(右)(ようこそ実力主義の教室 3rd season 11話より)

最初は選手であるCクラス選手の堀北とAクラス選手の橋本が指していたが、途中から司令塔で主人公のCクラス綾小路とAクラス坂柳が指示を出し始め、司令塔同士の対決となる。一進一退の攻防の末、坂柳の強力な一手がさく裂する。堀北は勝ちへのこだわりから綾小路に坂柳を超える一手を望むが、送られてきた指示通り指した手に対して坂柳の止めの一撃が決まり、Cクラスは負けて堀北は失意に沈む。

指し手の指示を出す綾小路(左)と坂柳(右)(ようこそ実力主義の教室 3rd season 11話より)
指し手の指示を入力する綾小路(ようこそ実力主義の教室 3rd season 11話より)

しかしながら、その後に坂柳と綾小路が会話しているところへ綾小路へ悪意を持つ教職員が現れ、綾小路の指示を改ざんして堀北へ伝えていたこと、本来なら勝っていたのは綾小路の方だったことを明かす。この試験で綾小路に対して自身の能力の優越を証明しようとしていた坂柳は惨めな気持ちになりつつも、教職員へこの代償は高くつくと警告する。

教職員へ敵意を向ける坂柳(ようこそ実力主義の教室 3rd season 11話より)

局面解説

アニメにおいて、局面は Nimzowitsch-Larsen Attack: Classical Variation というオープニングで始まりました。

  1. b3 c5 2. Bb2 d5 3. e3 Nc6 4. Bb5

一般に、オープニングは重要とされている盤の中央を支配する白の e4, d4, c4 といった手から始まることが多く、b3 から入るこの変化はマイナーです。白を持つ堀北はチェスを覚えてまだ1週間ほどであることから、王道の変化へ下手に飛び込んでしまうこと相手の土俵に誘い込まれるのを警戒したのかもしません。他にも、堀北のチェスの指南を行った綾小路のどこか手を抜いたような変化球を好む性格が彼女の棋風に影響を与えたという説もあるかもしれません。ちなみに、綾小路の名台詞は「誰だろうと、手を抜いた俺より強い相手はいない」です。最高に舐めプをしそうな性格をしていますね。

4. .. e6 5 Nf3 Nf6 6. 0-0 Bd6 7. d3 0-0 8. Nbd2 Re8 9. e4 e5 10. exd5 Nxd5 11. Ne4 Bb8

橋本はここで自分のことを「ひねくれた戦い方だろう?」と言及しています。Bb8は駒を端に追いやる手で、Bc7 ぐらいにした方が b6, a5 へ展開の可能性を残せる分良いように思えます。それをあえて8段まで引いたのは、確かに少し変わっているといえば変わっているのかもしれません。とはいえ、例えば本譜でも指された Qb6 の筋を残すことができるともいえ、極端に変という訳でもないと自分は考えます。

12. Ng3 Bd7 13. Qe2 Nf4 14. Qd2

坂柳はここで介入を決めました。盤上真理的には、イコールかf4のナイトの位置が良い黒が若干良いぐらいに見えます。物語の流れ的には、黒の橋本が「正直助かるぜ」と言っているように、黒が押されているところの坂柳が助けに入ったように見えるところは少し矛盾と言えるかもしれません。この数手後に、綾小路も介入を始めます。

14. .. Qb6 15. Bxc6 Bxc6 16. Qd1 Bd6 17. Ne2 Nd5 18. Ng3 h6 19. Qe2 Rad8 20. Nf5 e4 21. dxe4

司令塔の二人が介入してからは早指しで進みます。堀北も「私たちの戦いが情けなく見えるわね」と言及しています。しかしながら、落ち着いて盤面を見ると所々にブランダーがあり、正直に言ってしまうと少し雑な指しまわしです。本譜ではそのようなミスはスルーされて何事もなく進みましたが、物語で「綾小路君は些細なミスなど絶対しない」と坂柳が言うのと矛盾があって、この人達何言っているんだ?状態でちょっと面白いです。

ここで黒には良い手がありました。

21. .. Nf4! 22. Qe1 Bxe4

白は大事なセンターポーンが落ちてしまい、敗勢です。本譜では代わりに以下の通り進みました。

21. .. Nf6 22.e5 Qb4

ここでは白にチャンスがありました。

23. Nxd6! Rxd6 24. Qc4!

e5 ポーンによる両当たりに対して黒は対応できる手がありません。本譜は代わりに以下の通り進みました。

23. Qe3 Be7 24. exf6 Bxf6 25. Qc1 Be7 26. Qe3 Rd6 27. Qc1 Red8 28. Qe3 R8d7 29. Qe2 Qg4 30. Nxe7+

24~29手あたりはアニメでは描写されておらず合理的な良い手順も思いつかなかったため、前後のつじつまが合うよう無理やり作りました。

白の 30. Nxe7+ は悪手です。30. .. Rxe7 31. Qxe7 と続くことになりますが、黒の g4 にいるクイーンと c6 のビショップが強力で、白のクイーンがキングから離れる余裕はありません。なぜかは本譜の後の変化からわかります。ここでの白の正しい手は 30. Nxd6 でした。これならば 30. .. Rxd6 の後に白クイーンに黒ルックの利きがあたりません。

30. .. Rxe7 31. Qxe7 Qxf3

坂柳が「これで終わりです」と言いながら Qxf3 とクイーンをサクリファイスする大技を放ちました。あらすじで「坂柳の強力な一手がさく裂する」と表したのがこの手です。一見強い手に見えますが、実際はブランダーです。白は絶妙な応手があり、それについては後述します。

ここでの黒の正しい手は Bxf3 です。32. g3 Qh3 から事実上のメイト受け無しの形になり、黒勝利です。

では、本譜では白の堀北は送られてきた指示に従いどのように指したのでしょうか?正解は以下の通りです。

32. gxf3

どう見ても悪手です。本譜で指された通り、33. .. Rg6+ から 34. Kh1 Bxf3 でチェックメイト一直線です。坂柳は gxf3 という手に対して「今の一手は常人には到底たどり着けない境地であることは、疑う余地はありません」と賛辞を送っていますが、なんでしょう。煽っているのでしょうか?だとしたら容赦ないですね。

しかし、あらすじで書いた通り、これは悪意ある教職員によって改ざんされた手でした。実際は綾小路は勝利を手にする、神がかり的な手を見つけていました。なんでしょうか?

ちなみに自分もアニメを見てた時に一時停止して考えてみており、その時は 32. Qe8+ が正解だと思いました。32. .. Kh7 33. Qxc6 Qxc6 でメイトをひとまず逃れ、ここから粘る狙いです。しかしながら、実際にはこれを上回る素晴らしい妙手があります。

32. Qg5!!

綾小路が考え出したのはクイーンをただ捨てする驚愕の一手です。正直、アニメでこの手を見た時は誤植かと思いました。しかし、32. .. hxg5 とすると 33. gxf3 の次に Rg6 がチェックにならず、メイトになりません。hxg5 でクイーンが取れないとなるとg2 を守れるのでメイトを防ぐことができ、駒得している白の勝勢です。直観に反する、衝撃的な妙手です。

なお、この局面は 1920年にベルリンで指された Ahues v Hans Müller の対局 がモデルとなっていると思われ、それを黒白を逆転させたものです。当時の対局者は Qxf6 (アニメでいう Qxf3)の後に黒はこの妙手に気づかず投了しました。勝っていた局面で投了したという悲しい状況ですが、正直実践でこの Qg5 を見つけるのはチェスの実力者でも非常に厳しいと思います。それぐらい衝撃的な妙手です。

総評

本作品におけるチェスの局面は、終局図は物語とマッチした完成度が高いものでした。

ただし、盤上真理的に物語と矛盾がある点がいくつかあり、その点が残念です。アニメの展開と局面を一致させることの難しさが出たのかもしれません。

エンドクレジットにあるチェス監修者(ようこそ実力主義の教室 3rd season 11話より)

なお、本作品は千葉チェスクラブの小笠誠一さんの監修だとエンドクレジットからわかります。小笠さんとはチェス戦略大全の日本語訳本を出す時に一緒に仕事をしたことがあります。長年千葉チェスクラブ代表として活動し、大会開催などを通して日本チェス界へ大きな貢献をされている方です。

余談

作品中では手を「打つ」と登場人物は言っていましたが、これは正しくは「指す」です。これはよくある間違いで、チェスの監修がいることから指摘はされたと想像しますが、原作のセリフを尊重する形になったのかもしれません。

このアニメは全体的にとても出来が良く、特にこの3期11話のクライマックスは音楽ともマッチして大いに盛り上がる、とても良いシーンに仕上がっていました。公式YouTubeによる切り抜きがあるので、雰囲気を知ることができます。良ければご覧ください。


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