第二回は「ノーゲームノーライフ 1話 素人」よりです。
シーン説明
あらゆるオンラインゲームの頂点に君臨する、正体不明の伝説的無敗プレイヤー「 」。アカウント名が常に空欄であることからそう呼ばれるプレイヤーの正体である兄「空」と妹「白」の二人は、世の中に馴染めず引きこもりな社会の日陰者でもありました。
ある日、そんな二人にウェブリンクと共に謎のメールが届きます。正体不明とされる「 」が兄妹だと何故か知っていることを示唆する文面に興味を持った二人がリンクを開くと、オンラインチェスの対局画面が現れます。
まずは「 」の頭脳担当である妹の白が挑みます。グランドマスターを破ったチェスプログラムに先手後手入れ替えて20連勝し、「チェスなんてただの○×ゲーム」とまで言う白でしたが、相手の意図を理解しかねる手に困惑します。
そこへ心理的な駆け引き担当である兄の空が割って入り、相手はあえて悪手に見せかけた手でミスを誘っていると冷静に指摘します。コンピュータのように最善手を指し続ける相手に慣れていることから生まれかけた、”相手のミスだと勘違いした” 白のミスをフォローしたのです。「 」は二人が得意分野を補い合うことで生まれた無敗伝説でした。「揺さぶり誘いは俺が読む。空と白、二人で空白だ。」という空のセリフと共に暗幕します。
持ち時間制ではないその勝負は6時間に及びつつ、激闘の果てに「 」は辛くも勝利します。勝ったとはいえ相手の異常な腕前に驚愕する二人へメッセージが届きます。それは卓越したゲームの才能ゆえに社会へ上手く溶け込めない二人を指摘するものでした。
ルールも目的も不明瞭な中、70億ものプレイヤーが好き勝手に手番を動かす「社会」という世界に対し、天才ゲーマーの二人は「クソゲー」と吐き捨てます。そんな二人に対し、対戦相手はある不思議な問いかけをして物語は進んでいきます。
※アニメで描かれていない部分を原作より一部補足しています
局面解説
局面が完全一致していることから、このシーンはチェスでも日本トップレベルの実力である将棋棋士の羽生善治さん(黒番)とチェスの最高位タイトルを持つグランドマスター Peter K Wells さん(白番)による、2005年 Essent Open での対局を下敷きにしていると思われます。
相手があえて悪手でミスを誘っていると空が指摘した局面は黒16手目の以下です。「 」が白番です。
黒がd7のナイトをf6へ動かしたところです。この手によりf6が埋まってしまい、e4にいるもう一方のナイトのf6への退路が断たれてしまいました。一見、直観的にあまり指したくない手です。下敷きになった棋譜では実際にe4にいる退路を断たれたナイトを咎めようとするf3とポーンを手が指されました。
しかし、それこそが黒の狙いです。空の指摘した通り、黒は悪手に見える手で相手を誘いつつ罠を張っていました。安易に飛びつくと痛い目に会います。
チェスではこのような手がしばしば出現します。いわゆる、相手がミスのしやすい局面へ誘導する、盤面真理ではなく勝負にこだわる人の手です。Stockfish の解析では最善手はQf6と示されており、黒の指したNdf6ではないと出ています。
黒の誘いに飛びついてしまうとどうなるのでしょうか?少し難しいですが、下敷きとなった実際の棋譜を使って解説します。
16.f3 Bd7 17.Qa6 Bxa4 18.Qxa4
a4の白ナイトと黒の白マスビショップ交換をしつつ、白クイーンを盤の隅っこへ追いやります。黒の方が駒の利きがよく働いており、盤面の中央をより強く支配できています。
18. .. Bxh2!
このビショップサクリファイスが強力です。白のキングサイドキャスリングを防ぎつつ、黒クイーンのdファイル利きを開きました。
19.Rxh2 Qxd4
白はすぐに Rxh2 をしなければBg3によるチェックで駒損した上に白キングをより危険に晒してしまいます。
20.fxe4 Nxe4 21.Rh1 Qf2+!
白はキングを守ろうとしますが、駒の利きが悪く、思うように守れません。
22.Kd1 Rd8+ 23.Kc2 Qxe2+ 24.Kb1 Nc3+!
強力なナイトサクリファイスが決まりました。Mate in 6 です。長手数ですが、自信のある方は解けるか挑戦してみると面白いでしょう。
25.bxc3 bxc3 26.Ba3 Rb8+ 27.Qb3 Qd3+ 28.Kc1 Qd2+ 0-1
投げずに続けても、29. Kb1 c2+ 30. Kb2 c1=Q でチェックメイトです。
紹介したゲームの棋譜を以下に載せておきます。
アニメの話に戻ります。「 」は 16. f3 を指さなかったことはやり取りから読み取れますが、具体的にどのような手を指したのか描かれていません。次に映るのはいきなり終局図であり、以下です。
チェックメイトの局面であることから、紙一重の勝利だった可能性が読み取れます。というのもチェスの達人同士の対局では勝敗が明確な場合は実際にチェックメイトに至る前に投了等で決着します。盤面全体が見えないので何とも言えないのですが、例えば盤面の端に黒クイーンもあり、白が1手でも何か間違えれば黒は負けを回避する手筋があって投げなかったのかもしれません。
総評
ここで描かれるチェスの局面は実際のシーンの描写と非常にマッチしていると言えます。ポイントは 1) 空の指摘は実際のチェス局面的にも正しい 2) 描かれている局面は実際の対局を下敷きにしていて専門家が監修したものだと思われる。
1) 黒がわざと最善手ではない手を指して相手のミスを誘っているという空の指摘は正しいです。一見弱点に見える退路の無い黒ナイトを攻撃しようとすると、とても痛い反撃が待っている局面です。
2) 出現した局面は日本プレイヤーがチェスの達人であるグランドマスターを倒した会心譜を下敷きとしています。教養のあるチェスプレイヤーの監修によるものだと伺えます。
ご存じの方もいるかもしれませんが、ノーゲームノーライフのクレジットには日本チェス協会がチェス監修として名を連ねており、おかげでリアリティのある演出に仕上がっています。少しでもこのように監修が入ったチェスシーンが増えると、一人のアニメファンかつチェスプレイヤーとして嬉しいです。
余談
アニメで出てくるオンラインチェスサイトへのリンクは「http://www.disboard-the-boardtop-world.info」です。気になってアクセスしてみたら KADOKAWA のHPへリダイレクトされました。アニメに出てくるURLは気になってアクセスしがちな自分です。大抵は Apache 等の有名なテストページや今回のような制作に関わる会社のHPに繋がるだけであまり面白味がないですが。
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